*SF×時代小説
とうとう見つけた。暗黒の歴史を。これで、自分の一部だけだが、自由になれる。重荷を下ろせる。あいつが持っていたのだ。最後のひとつだ。他はすべて処分した。
必要とあらば、惑星さえ破壊した。もしも見つけられなかったら。惑星《刺青印(しせいいん)》も同じ運命をたどるだけのことだ。覚悟は決めている。
この秘密だけは、たとえ暗黒皇帝(まっくらすめらみ)その人にも、知られてはならなかった。
堕落米太夫(だらくべいだゆう)は焦っていた。黒い仮面の奥で鼻息が荒かった。
今回は、人間や宇宙人は使えない。裏切る危険性がある。
米太夫は、自身の気によって、式神の軍団を産み出した。白い紙に自身の気を憑かせた。人形となって動き始める。彼らは、自分の手足だ。帝国の熱線銃を配給した。
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帝国の巨大艦隊の旗艦。戦艦《醜聞》が、宇宙港《阿弥陀》の上空に停泊している。惑星《刺青印》で唯一、宇宙船が発着できる本格的な施設である。
船体が大きすぎて、阿弥陀港の敷地からはみ出ている。星雲幕府軍の秘密の宇宙船《生きものの記録》号は、離陸することもできない。上空を占領されている。周辺の貧民街にまで、傍若無人の影を落としている。威圧感がある。耳鳴りがする。大気で摩擦された超合金の機体。冷たい真空の臭い。暗黒帝國の威光を誇示している。
銀河を二つに割る大戦争があった。星雲幕府(せいうんばくふ)が負けた。銀河の領土空間を大きく失った。勢威大将軍(せいいだいしょうぐん)は、宇宙戦争で亡くなった。それからの星雲幕府の権威は、衰退の一途をたどっている。お世継ぎは行方不明だ。
宇宙船《醜聞》の下部の扉が開いた。暗黒の巨人が下りて来た。黒い仮面の中の呼吸が荒い。凄まじい気を発散している。その大股の歩みが、いつになくせわしないものであることに、気が付いたものはいなかった。
熱線銃を手に持った式神の軍団を背後に従えている。米太夫の黒い姿をただ白くした者たちだった。
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帯 一刀斎(おび いっとうさい)は、自宅の一部を改装した道場《静かなる決闘》で、静かに気力剣を置いた。
「とうとう、あやつめが来たか」
笑っていた。
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「米太夫 とても強い
米太夫 とても偉い」
星雲幕府小学校の子どもたちが、はやしたてながら、市場の狭い通りを身軽に走り抜けていく。巨大な宇宙船の産み出す闇が町に下りている。昼日中でも、照明が必要なほどに暗かった。しかし、《阿弥陀》の民は、普段と変わらぬ生活を続けていた。外部へ逃げた者は少ししかいなかった。これぐらいの異変では驚かない。天変地異は、すぐ近くにあった。
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空飛六助(そらとびろくすけ)は、四つ辻から立ち上がった。小さな尻に張り付いた砂を、手で払い落した。
北へ行くと宇宙港《阿弥陀》、東へ行くと塩の海。
西へ行くと、《彩虹山脈(こうさいさんみゃく)》がある。人食いの岩人(いわびと)が生息している。危険な場所だ。が、あえて立ち入る者が毎年、多くいた。
名前の通り、山襞が七色に染まっている。刺青に必要な顔料が、乾季の風と雨季の雨に精選されて、自然に堆積している場所である。持ち帰ると、刺青師が高額で買い取ってくれる。需要がある。宝の山だ。
二度と帰ってこない者もいた。空飛六助さえ、あえて立ち入らない場所であった。それでも、入れ墨用の染料の供給が絶えない理由は、岩人が採取をしているからだ。秘かに人間と取引をしている。それが、闇の市場に流れる。そんな噂が、流れている。例によって、七色の渦の中心には、鳩の蛇馬の影が蹲っていた。
南は一面の《白虹砂漠地帯(はっこうさばくちたい)》であった。
惑星《刺青印》の太陽が、地平線の下に沈もうとしている。太陽は遠く小さい。十分な熱と光を送り込んでこない。それでも太陽は太陽である。姿を隠すと風が冷たく強くなった。黒い線が地平に横たわっている。雨雲だ。まだ乾季だ。雨季には間がある。珍しいことだ。
六助の天気予報はよくあたった。まず、まちがわない。しかし、それでは、六助の商売は、干上がってしまう。
水売りをしている。毎朝、《彩虹山脈》の麓にある秘密の水源にまで通う。樽に汲む。重い水を背中に運んで来る。旅人に水を売って生活している。
それに、師匠の帯一刀斎に書いてもらった宇宙港《阿弥陀》の観光冊子もある。「安宿十選」「居酒屋十選」「陰間茶屋十選」等々、取り揃えてある。情報源は港の少年たちだ。頻繁に更新もしている。最新版だ。複写屋で、複写したものだ。
今日も売り上げはなかった。金がない。気分はどん底だ。
端正な顔をしかめた。帰って砂鼠の干物でも食うしかなかった。六助は小柄で童顔だ。幼く見える。美少年好みの男に、今でも声をかけられる。だが、もう少年ではない。青年のつもりだ。成長期にある。いつも腹を減らしていた。
気力剣の師匠の帯一刀斎の道場《静かなる決闘》へ行けば、ともかく何か食わしてもらえるが、そうそう頼ってばかりはいられない。束脩も滞っている。
「人類には、多かれ少なかれ気力がある。もともとあったものなのか、それとも、代々の遺伝子を進化させてきた結果なのか、わからなくなっている。気力剣は、その気力を光の剣とする。宇宙に充満する永輝(えいてる)が、形を取ったものだ。物心化現象という。人々のために使え」
師匠の教えであった。名前だけは六助も知っているが、理屈は分からない。
ともかく、気力剣を習得する。免許皆伝となる。師匠が、武士と平民の分け隔てなく、頼めば気力剣を教えてくれるから。
気力剣は作れるものと作れない者がいる。六助は前者か。しかし、弱弱しい。もっと強い剣にしたかった。
師匠からは、「筋がよい」と褒められている。励まされる。
帝国の堕落米太夫は、当代では最高の剣士と噂されていた。宇宙戦艦さえ一刀両断にする。名前も顔も誰も知らない。星雲幕府軍からは、悪の権化と呼ばれ恐れられている。
帯一刀斎は、堕落米太夫の剣を邪剣だとして、忌み嫌っていた。
しかし、六助は、秘かに憧れていた。彼のように強くなりたい。気力剣で出世する。銀河戦争で勲功をあげ、武士の一員となる。やがては米太夫を倒す。英雄となる。
六助は、いつまでも、辺境の惑星《刺青印》の原住民のひとりで、いたくはなかった。宇宙船《醜聞》を憧れの目で見つめていた。
空飛六助は、父母の顔を知らない。宇宙港《阿弥陀》に捨てられていた。帯一刀斎が、拾って育ててくれた。大きな戦争があった。戦災孤児は、巷に溢れていた。六助は、自分が師匠の目に留まった偶然の幸運に、感謝している。親同然の存在であった。空飛六助という名前も、一刀斎が付けてくれたものである。
惑星《刺青印》の名前の由来は、原住民が入れ墨をしていることから来ている。砂蛇や砂蠍を彫る。彼らの仲間となることで、毒を刺されたり噛まれたりする難を、逃れることができる。そう信じられていた。
毒が発症すると助からない。命を盗られる。助かっても廃人となる。血清の注射までが、寸刻を争う緊急の事態となる。多量の血液製剤が必要であった。若者は、新鮮な血液を売って、生活してもいる。
怖ろしいことばかりではない。惑星《刺青印》の岩石は、赤や青や紫などの豊富な染料を含有する。刺青の文化が発達した。銀河でも精妙を究める。名人のそれは、見る者に生きた夢を見させるという。
帯一刀斎や空飛六助のように、皮膚に《刺青印》の刻印されていないものは、原住民には、一目で外世界人と知れた。
(後略)